【魔法使いの宝飾店と指輪の物語】
その街は、二十歳そこそこの僕にとってまるで魔法のような街だった。
天井の高いアーケード街。古くて洒落た喫茶店。
僕の興味をひく服や靴。雑貨や本。
そこには全てが詰め込まれていて、何度訪れても飽きることがなかった。
6番街と7番街の間だっただろうか。
シルバーを中心にアクセサリー全般を扱っている「その店」は、有名なファンタジー小説に登場する偉大なる魔法使いの名前がついていた。
通りからちょっと入った所にあるその店を見つけてたまたまふらっと入った時から、そこは僕にとっても「魔法使いの店」になったのである。
その店の店主は、白い髭をたくわえた老人が杖を持って…
って、そんな事はもちろん冗談。
ハンチング帽と眼鏡がとてもよく似合う小粋な人懐っこいおじさんであった。
奥さんは色白でほっそりとした穏やかな女性だったが、話していると品物1つひとつやそれを作る職人さんへの熱とか尊敬の念を感じることができた。
おじさんは僕を「おぬし」と呼ぶ。
おぬしはこれからどっか行くん?
これなんか おぬしどうよ?
…みたいに。
モチーフやデザインに込められた意味や、これはどこどこの若い職人さんが作ったんよ。とか
たまにコーヒーなど出してもらったりして、いろんな話しを聞いては、いちいち感心したものだっだ。
色々と思い出はあるのだが、指輪の話しをしよう。
マリッジリングなどもオーダー出来るそのお店は、サンプルの載ったパンフレットも置いてあった。
その中のひとつが僕の目にとまった。
細くて ちょっと厚みのある至ってシンプルなデザイン。
その"内側"に、小さな石が4つ、並んで埋め込まれていた。
ダイヤモンド、エメラルド、アメシスト、ルビー。
アメシスト以外は宝石の代表格だ。
アメシスト(紫水晶)はあまりこの手のリングに使われる事は少ない。
なんでアメシストが入ってるか おぬしわかる?
うーん なんでです?
分からない僕に おじさんは説明してくれた。
アルファベットだと、
Diamond
Emerald
Amethyst
Ruby
になるんよね
そいでさ、頭文字をとると、
D E A R でしょ?
『Dear』 = 親愛なるものへ
…って意味になるんさ
裏側に入ってるのがミソだよなぁ
へぇー なんか良いっすね…
当時彼女なんていなかった僕には、遠くで煌めいてる灯りのような「物語」でしかなかったが、それでもぼんやりとした「希望」のようなものを受け取った気がした。
『縁』は時に様々なものごとを結びつける。
人と場所 人と物 人と人…
あの日、あの角を曲がってあの場所に辿り着いたのも、また縁があったからだろうと思う。
もちろん、結びついたものが途中で途切れてしまう事もある。
(むしろそちらの場合が実に多いのだ)
20代から30代の初めにかけて僕は、途切れてしまったものを追いかけては派手に転んでいたような気がする。
友人や家族が差し伸べた手を振り払うようにして僕は、過信の坂を転がるように落ちていった。
「物語」は始まる事なく
「希望」も見失っていた
それでもなお、暗闇の中でさえ『縁』の糸は
僕と、途切れずに残ったものとを結びつける。
知らず知らずのうちに。
…暗闇を彷徨う僕の前で
「指輪の物語」は また動き出すことになる
…奇妙な『縁』が結んだ先で、
10金のピンクゴールドの地金の内側に4つの石が埋め込まれた指輪は
僕と妻の指に それぞれはめられているのです。
(その「魔法使いの宝飾店」にはここ何年も行っていないけど、きっとどこかで魔法のような物語をアクセサリーに込めて商いをしているはずである)
【後書き】
この「魔法使いの宝飾店」は実在します。
「指輪の物語」も。
記憶をもとに書いてますので、細部については多少美化されてるかも知れませんが(笑)
もしお店に興味のある方は、Twitterの方へご連絡下さいね
https://twitter.com/yukito_jj7dsrta